Omnibus ~閉店30分前に来る女~ #1「閉店30分前に来る女」
仕事を終えて家で本を読んでいたら、いい時間になっていた。
マスターに電話をする。
いつもの通り、黒蜜入りコーヒーと言う。
何分後と聞かれて、15分後と答えて、家を出た。
雨は降っていなかった。
ミャンマーの夜は騒がしい。
日中は度重なるトラブルで、夜は子供たちがはしゃぐ声で、
平穏な時間はそう多くない。
そんな夜を穏やかで重たい夜にするために、珈琲を飲みたくなる。
閉店30分前にたどり着く。普通に考えて、この時間の客は少ない。
マスターに閉店間際に来てしまったことを詫びる。
入って3番目のテーブル、入り口に相対する席に座る。
扉の向こうを眺め、誰かが来たときに、その人の目を見ることができる位置。
日本の工業大学を出たわたしは、たいした目標もなく、
ただ平穏に生きたいと思っていた。
それが今、ミャンマーで働いて、
スリルと刺激にまみれた日常を送っているのだから、何が起こるかわからない。
日本とミャンマーは異なる「場」だ。
「場」にはそれぞれに生きている人がいて、生活があり、
それらが混ざり合って、その人々の生になっている。
乗合馬車には今日もたくさんの人が乗っていて、生が混ざり合っていた。
時折、わたしのように閉店30分前に客がいることがある。
30分の乗合馬車、私はその人と少しだけ話をし、一緒に珈琲を飲む。
あぁ、雨が降ってきた。今日は乗り手はいないだろう。
穏やかで重たい夜、私は傘をさして雨の空気を吸い込んだ。
West Indies Coffee