2月1日のクーデター以降、軍による暴力・射殺・爆撃で、死者数は少なくとも550人とのこと。なぜ、550もの命が、奪われなくてはいけなかったんだ。
ミャンマーでクーデターが起きて4週目。 軍の市民に対する発砲や暴力など、状況はひどくなる一方だった。それでも、市民は非暴力・不服従を貫いている。 ミャンマーの声、なんてものではない、ミャンマーの叫びが、報われてほしい。
ミャンマーでクーデターが起きて3週間目。 市民は非暴力・不服従の精神を貫き、軍政は銃弾を撃ち込んでいく。
ミャンマーでクーデターが起きて2週間目。大規模なデモが行われ、情報も錯そうしている。
ミャンマーでクーデターが起きた。日に日に緊迫していったこの数日のこと、日本からオンラインで見た同僚たちの表情を、私は忘れない。
ひとつかふたつ、星をつかめそうな夜だった。
久しぶりに会えることを楽しみにしていた。 雨のなか、傘をさして向かう。 いつもの通り、アイスコーヒーを飲みながら本を読む姿があった。
腕時計を見る。 日本語レッスンが終わって30分、そろそろ来る時間だろう。 視線を戻すと、暗闇の扉が開き、ひょっこりとこちらを覗き込む女性。
扉を開けると、いつもの席の向かい側に部下が座っていた。 彼がうどんと親子丼をかきこんでいる最中、向かいに腰を下ろす。
仕事を終えて家で本を読んでいたら、いい時間になっていた。 マスターに電話をする。 いつもの通り、黒蜜入りコーヒーと言う。 何分後と聞かれて、15分後と答えて、家を出た。
僕の彼女は品質保証である。 ミャンマーで働いている彼女とある日Skypeをしていたら、 そういえばさ、という前置きで、彼女が言った。 「あの世には、SNSは無いらしいよ。」
Kyaukseというミャンマーの町で行われた国際カンファレンスに 基調講演者として呼ばれた。 10時間バスに乗って、ヤンゴンからマンダレー近くのその町まで行く。 道中の町は素朴で、助け合って生活している様が見え、 長距離移動でも疲れは感じなかった。
今日はオフィスを締めようとしていたら、停電復旧時の異常電圧のせいか、 インバーターが故障。社員s の明日の業務のための電気を確保するべく、 部下、残っていた社員と懐中電灯とドライバーを持って対応することに。
この6月中旬という時期、なぜか誰かから 「幸せになりたい。」とか「今が幸せではない。」 という相談や言葉がもたらされる。 ので、1年に一回くらいは、そうか、と真面目に考えることがある。
とても好きなカフェがある。 今日は慌ただしかった、という日や週末に、行くようにしている。
僕の彼女は品質保証である。 彼女がミャンマーに行ってから、もう少しで2年が経とうとしている。
僕の彼女は品質保証である。 そして彼女は今、ミャンマーという国で仕事をしている。
嫌味を言う目的は、その人を貶めることだけだと思う。自分も一度、言ったことがあるからわかる。
最近よくお世話になっている食事処「大ラ王」さん。 どの料理も美味しく、ボリュームもある。 特にコロッケとオムライスと鍋が美味い。 お腹がすいている日は、とりあえずここに直行する。
誠実な人が報われる場所でありたいと思う。
気づけばあと2週間で2018年が終わる。
よくわたしはミャンマー人と話をしていて、 「そんなこと聞かれても困っちゃう。」という顔をされる。
先日、「リケジョって何ですか?」と聞かれたので その場で回答したのだが、今、わたしは酔っている。 酔っているときこそ、何の恥もなくリケジョ思考回路を全開にできるので、 今後の説明のためにも、ここに記録しておこうと思う。
前記事の通り、健康診断 in Yangon に行ってきた。
ヤンゴンで健康診断を受ける(来週)。 お世話になるのは、Yangon Japan Medical Centre。
ルールと宗教は人を思考停止させる。 もちろん「だから、ルールも宗教もないほうが良い。」ということは断じてない。
2年目社員の「ちょっと思ったんですけど・・・」という一言から、 それは始まった。
ミャンマーでお付き合いのある方からは、 怒っているのが想像できない、と言われがちだ。
ふと、父の墓のことを考えることがある。 彼はこの春、私にとても大きな 人としての学びを残して死んだ。
うちのリーダー社員はよく、 Selfishな人たちに手を焼いている。 (学生などは特に、色々な人がいる)